あたたかな雨音が、止め処なく窓硝子を叩く。
主人の頬のように冷えたそれを静かに見つめながら、セバスチャンは寝室の扉をノックした。
「坊ちゃん、ホットミルクをお持ちしました」
部屋の中から返事はない。それでも彼は躊躇うことなくドアを開けると、ベッドに膝を抱えて座り、俯いたままのシエルにもう一度声をかけた。
その言葉に、ゆっくりとシエルは顔を上げる。光を映すことを忘れた瞳が、黒色の執事を捉えた。手際よくカップを差し出した彼の名前を、掠れた声で呼ぶ。
「……セバスチャン」
「どうかされましたか?」
ひとくち、甘いホットミルクを口に含む。その先の言葉を躊躇うように、ゆっくりと。
名残を残すように抜けたブランデーの薫りに、シエルはそっと息を吐いた。
「お前は僕を愛しているか?」
「……坊ちゃんらしくないことをおっしゃるんですね」
「質問に答えろ。愛しているかと聞いているんだ」
セバスチャンは小さく微笑むと、ベッドサイドに跪く。
濡れたままのブーツを脱がせながら、えぇ、勿論。と流れるように口にした。
「それはお前が言う『執事の美学』か?」
「えぇ。……それ以上をお望みですか?」
「いや……良い」
まだ熱を残したカップをセバスチャンに向かって差し出し、深い湖と同じそれをした瞳で彼を見る。雨に冷えて一際白くなった肌が、月明りの中、ぼんやりと浮かんだ。
何かから逃げるように、シエルはその顔を掌で覆う。
上等な絹のように艶やかな髪が、頬を伝った。
「セバスチャン、僕を愛するな」
冷たい雨が、ぽつり 落ちる。
「僕を好きになるな。愛するな――絶対に」
「……それは命令ですか?」
「ああそうだ。……命令だ。例えそれがお前の美学だとしても、僕を愛するな」
「――御意、御主人様」
右手を左胸にやり、静かに目を伏せた。言葉を向けた相手から、続くものはない。
セバスチャンはティーセットを片づけて部屋を後にすると、堪え切れなくなった笑みを口元に浮かべた。
それを隠すように、契約印のある左手で顔を覆う。
嗚呼、私の坊ちゃん
震える身体、か細く漏れた声。彼を見る主人の目が、幾度となく脳裏を過る。
――ねぇ、坊ちゃん。今貴方が命令したことを、私が破ったらどうなさるのですか?
「私には――『愛してくれ』。そう聴こえたんですけど、ね」
「愛するな」
そう言えるのは、愛されていた過去がある人間。
うしなうのが怖いから。――また、ひとりになるのが怖いから。
そんな、まだひとりで眠ることが出来ない子供のような我儘。
私が貴方を抱きしめたら、貴方はどんな顔をするのですか?
愛していると、貴方のことが大切だと言ったら、貴方は?
長い長い廊下を、闇に向かって歩く。
――そうだ。朝が来る前に、喪服の用意をしておかなければ。
貴方がまたひとつ失った夜を、祝福する為の正装を。
+ + + + + + + + + +
初書きセバシエ。ずーっと頭の中にあったネタです。マダム・レッドが死んだ夜くらいの話。
いやあ、難しいね黒執事!!(笑)
慣れとかの問題なんですかね……久しぶりに動かしにくいキャラでした。
何か無駄に慣れるまで書きたい……!!(笑)
いやあ、難しいね黒執事!!(笑)
慣れとかの問題なんですかね……久しぶりに動かしにくいキャラでした。
何か無駄に慣れるまで書きたい……!!(笑)
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